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サラダオイルストーブが世に出るまで

サラダオイルが誕生した経過をまとめてあります。製品名がサラダオイルストーブだったり、SOSだったり表記が統一されていません。それは、どう表記すべきか悩んだためです。当初は自家用で作ったため名称がありませんでした。最初にカナダの知り合いに送る時、天ぷら油ストーブでは意味不明なのでVOSとしたのが最初でした。

 

名称は次のように替わっています。

2010年 VOS ベジタブルオイルストーブ

2011年 OK  オイルコンロ

2012年 SOS サラダオイルストーブ

2013年 サラダストーブ

 

サラダストーブのYouTubの動画は「matsuba ken」で検索出来ます。

1-灯りにこだわるきっかけ

最初の揺れ

ドーンと言う聞きなれない響きとグラッと来た揺れからそれは、始まった。

今から約50年前の1964年(昭和39年)は東京オリンピックが開催される年で

オリンピックの開催まであと4か月ほど前の6月16日に起きた。

 

当時、私は中学2年生で午後最初の授業が一番苦手な英語だった。

その授業が始まってすぐだった。

定刻に藤井先生が教室に入って教科書を開いて、

まさに授業が始まろうとしたその時、最初のグラッと言う揺れが来た。

1人の生徒を残して全員総立ちとなった。

一人座っていた生徒は私でした。

落ちついていた訳ではなく、何が起きたんだろうと考えていたら、

立つのが遅くなり立とうと思ったら藤井先生の大きな声で

「落ち着け!!」の一声で生徒全員が着席した。

2度目の揺れ

着席したと思ったら今度は本震が来た。古い木造の2階の教室は最初とは比べものにならない激しい揺れ、唸るような轟音、校舎がきしむような音が混ざったような響きは言葉では表現できないような状況だった。

 

それは13141秒に発生した規模がM7.5の新潟地震だった。私が暮らす庄内地方は新潟県の隣の県で震度5でした。

 

2011年の3月の地震は東京で経験しましたが、この時の墨田区は震度5強でしたが、当時の校舎は古い木造の2階建てであったためか震度5でも

東京での3月とは比べものにならないくらいは激しい揺れを記憶しています。

 

新潟地震では2度目に揺れた時に激しい揺れと轟音で。

先生が大声で何を言ったか聞き取れない。

一斉に生徒全員が立ち上がり我先に廊下に出て長い廊下を走り、

2階から1階まで走った。階段を駆け下りる時、壁の土壁がボロボロと崩れてもうもうとした噴煙で前が良く見えない中をグランドまで逃げた。

前を走る生徒の学生服の黒い背中だけが印象的だった。

初めて死ぬのかなと思った。

 

グランドに生徒が全員集合した時、辺りはシーンとして

揺れが止まり静まり返っていた。

ただ、プールの水だけがザブーン、ザブーンと揺れる音だけが響いていた。

その後、午後の授業は中止となり帰宅となった。

 

帰宅の道

住まいまでは徒歩で約2kmの道のり。

帰宅までの間にも余震があって真っ直ぐ歩けないくらい。

揺れるたびに、右に左に、酔っぱらいのような歩き方だったと思う。

木の電柱の電線がゆれ、道のそばの田んぼにある池の水も余震で揺れている。

 

帰宅してテレビを見ようとしても停電。

電池で聞けるラジオが無いため全く何が起きたのか分からず夜を向かえた。

 

私が暮らす庄内平野はお米の産地、季節も6月なので母親は食料にすぐに困ることは無かったと思う。水は山から引いている簡易水道なのでこれも困ることがなったと思う。火もプロパンや練炭、炭、マキなどあったので少しの期間なら自活には十分な条件が揃っていたと思う。

 

それでも当日には酒田市の広報車がスピーカを流しながら周り、インスタントラーメンを配給してくれた。ような記憶がある。

 

電気が暗い

困ったのは、当日の夜だった。

当時の室内の照明は裸電球でしたが、普段なら明るく照らす電球がぼんやりと赤くしかならない。まさに和ろうそくのような灯りでした。おそらく電圧が低下したからと思う。

それでも白熱球なので辛うじて光った。

いまの100VLED照明ではこの電圧低下の状況では全く役に立たないと思うし、

いまのコンピューター管理では電圧が下がれば送電はストップするはずです。

 

電気がまともに来ないので夜になってテレビのスイッチを入れても何も映らない。

まったく外の様子が分からないのは不安である。

 

暗いローソクの灯かり

普段から停電があるのとお墓参りのためロウソクは常備品だった。

昔の東北電力の停電は短時間で復旧することが多く、

ロウソクを用意したとたんに電球が点くことが多かった。

 

照明が消えてもロウソクがあるから安心と思っていても数時間も

暗いロウソクで過ごしたことは、その日までなかった。

 

もしもロウソクが無かったら暗くなると動けない。水も食料もあっても夜は見えないと使えない。

 

この新潟地震の体験から、我が家には懐中電灯の数は数えきれないほどあります。

家内は水と食料、私は灯りが担当です。

 

災害は24時間、365日、朝夕問わずいつやってくるか予測不能です。

水と食料にプラスして灯りにこだわることから電池が切れてもいつでも使える

手作りキャンドルが始まりました。

 

2-食用廃油との出会い

廃油で手作り石けん

15年ほど前にクライアント先で厨房のスタッフが食器の洗いを急ぐときは手洗いで手が荒れて困るという相談があり、試行錯誤の結果手作り石けんを作ることになった。食用廃油は厨房にあるので材料に困ることは無かった。

 

その後も手作り石けんを今でも作り続けているので近所の飲食店から貰った食用廃油はいつもそばにあった。

食用廃油を使う手作り石けんはエコと言うことで、ほかにエコなものを作ろうということで手作りキャンドルを作り始めた。

この時、地震の記憶がよみがえり防災に役立つものを作りたいと思い始めました。

 

防災用キャンドル

防災用キャンドル

普段の生活でキャンドルを使う機会は少なく、使う機会は子供が小さい時の誕生日のケーキについているキャンドルでした。

子供も大きくなると全くキャンドルと接する機会が無くなる。いざとなった時にキャンドルを使うのでなく日頃、キャンドルに親しんでもらうのが一番と考えて、たまにはキャンドルナイトを楽しめるキャンドルと言うことで最初はキレイなガラスの器に入れたキャンドを作った。

 

ガラス容器に入れたキャンドルは少しの風では消えにくく、

自立するのでスタンド不要ですぐに使える利点があった。

 

作ったキャンドルは早速に友人に配った。配るガラス容器が無くなった頃、初期に差し上げた知り合いからガラスが割れたと聞いて防災用にはガラス容器は向かないと判断。

 

そこで自立するキャンドルと言うことから太い円筒形のキャンドルを作った。

 

キャンドルの特性を知らない私はこの太いキャンドルの燃焼時間が短いのを作って初めて知った。

 

燃焼時間を長く

どんなに長く作っても燃焼時間は変わらない。

つまり燃焼して芯の周りのキャンドル部分が溶けてプールになり途中で火が消えてしまう。

食事の時間だけの短時間では使えても災害時に一晩燃やすのは無理だった。

 

自立して、しかも燃焼時間が長いキャンドルと言うことからコーン型、円錐の形のキャンドルを作り始めた。

形状からスタンドが無くても安定した自立が出来た。

これにして燃焼時間は長くなった。

それでも一晩は達成できなかった。

 

燃焼時間が短い最大の理由はその材料にあった。

植物油が主原料のため溶けやすく、キャンドル材料のほとんどは燃えない。石油を原料にしたパラフィンを使ったキャンドルにはとても勝てない結果でした。柔らかめに作ったものは夏場の暑い日は溶けだす失敗もあった。市販のパラフィンキャンドルはとても良くできていてパラフィンが溶ける量と燃える量のバランスが良く、無駄なく燃えて長時間の燃焼を実現しています。

思い出のキャンドル

材料の関係で燃焼時間は諦め、もう一つのテーマの記念日にキャンドルを実現させたいと思った。記念日に使ってもらえるキャンドルと考えたのがオリジナルのメッセージを印刷したキャンドル。最初は黒の文字だけ、その後改良して白黒写真を印刷しました。さらに改良して最終的にはフルカラーの写真や文字など印刷して友人の奥さんやお子さんの誕生日、結婚祝い、入学祝いなどで配りました。

 

友人に頼まれて作った「世界で一つのメッセージキャンドル」は贈った人が記憶に残るものでした。記憶に残ると同時にキャンドルも残ることに。

もったいないので燃やせないの声が

もったいないので燃やせないの声が。

作った側と使う側の大きなギャップでした。

キャンドルとしての役目が果たせないキャンドルを作った私の失敗でした。

思い出の品を燃やすのは確かに抵抗があります。

 

それでも2011年の計画停電の時は、キャンドルを贈った友人から初めてキャンドルに使ったという声がありました。多少はお役に立てたのが少し救いでした。

 

思いつきで作っては失敗の連続の反省から、

原点に戻って誰でも気兼ねしない簡単な災害時に使えるキャンドルをもう一度最初から考えました。

 

原点からの見直し

作りたいキャンドルの条件は

1、  一晩燃焼するもの(最低6時間連続燃焼)

2、  植物油100%を原料とする(パラフィンなど石油系には依存しない)

3、  新潟地震の体験から明るいこと(近くで新聞が読めること)

4、  冬を考慮して補助暖房に使えること(火鉢程度の暖かさがほしい)

5、  長期の避難生活を考慮してコンロでも使いたい(最低お湯が沸くパワーが欲しい)

6、  燃料は長期保存でも劣化しないで何時でも使えるもの(最低5年以上保存が効くもの)

7、  使い捨てでなく繰り返し使えるもの(100年先でも繰り返し使えるものに)

等々の条件をクリアするものとして、思い当たったのが植物油を固めて燃やすのではなく、

植物油そのものを燃やすオイルキャンドルでした。

 

燃焼時間や明るさは芯を増やすことやオイルの量を増やすことで簡単に解決はしましたが、コンロとして使えるまでは難航しました。

最初の挫折は2008724日の今から約4年ほど前でし

 

3-ススとの長い戦いが始まった

2008724日の今から約4年前に多芯式オイルキャンドルでお湯を沸かす実験に初挑戦。

 

この時は、夏と言う好条件で室温も高いのに300mlの水道水が約70℃ちょっとまでしか上がりませんでした。

お湯を沸かすにははるか及びません。

 

失敗の理由は固形式キャンドルでは時間経過で炎に位置がお湯を入れた容器から遠ざかることでした。

それと芯の数が少なく火力が弱いこと。

 

お湯は沸いたが

それから2年後に初めて植物油燃料でお湯を沸かすことに成功した。

 

多芯式オイルキャンドルでは芯の太さと数を増やすことでお湯が沸くオイルキャンドルが出来た。多芯式では芯の数が増えすぎると着火に手間がかかり、芯の調整も面倒と言うことで芯を直線にしたサラダオイルストーブも作り約20パターンほど製作した。

確かに湯が沸く、ご飯も炊ける。でもススが多量に出て最初にお湯を沸かしたヤカンは真っ黒になった。

 

普段の生活でススの経験はない。ススをどうして落すか。

このあとススをクリーニングするのにしばらく手間取った。

ススの特性からススを抱き込んで拭き取りが一番ススの広がりや拡散防止に有効でした。

この扱いにくいススに最も有効な洗剤は、前から作り続けていた手作り石けんでした。

 

手作り石けんが助けてくれた

想像ですが100%植物油が燃えて出たスス、手作り石けんの材料も100%植物油なのがその理由かもしれません。とても両者は仲良しでとてもキレイになります。どんな洗剤よりもその効果は歴然でした。思いもよらない発見でしたがススの出ない燃焼にならないと実用は無理。

 

そこから、ススとの長い戦いが始まった。

ある熱工学の大学教授はサラダ油をそのまま燃やすと必ずススが出る。ススを出さないためにはサラダ油を加工するか多くの空気を送らないと絶対無理との見解と言うか常識でした。試作しては燃焼してススが出る。ヤカンとヤカンで汚れた床を手づく石けんでキレイにする。その繰り返しの日々が続きました。

 

おかげでススの掃除には絶対の自信を持てるようにはなったが、ススを出さない燃焼には自信を失った。

やっぱり、サラダ油を加工しないと無理と思い始め、サラダ油に最初10%の灯油を混ぜた。

ススが減った。さらに配合を増やすとススがさらに減少した。

でも、これでは当初に目指した100%の植物油燃料にはならないと我にかえり、

最初から植物油の特性を徹底的に調べ直し燃焼の構造を見直すことに。植物油の特性を調べていくと、今までの自分の知識は思い込みでしかなかったと知った。

一般の人の常識はかなり違っていた。

このことが実はサラダオイルストーブの販売を始めて大きな障害となった。

 

4-油の温度上昇に苦戦

ススを出さない燃焼は試行錯誤の結果ようやく実現した。

その方法は燃料の温度を上げることだった。

 

でも、ここで新たな問題が出た。

ススは出ない、お湯が沸く、ご飯も炊けるでも燃料タンクの油が100℃をはるかに超えてしまった。

サラダ油が100℃を超えるということは、ヤカンなどから水が高温の油に入ると水が瞬間に沸騰する。天ぷらを揚げる時のように油が弾けることに。

これでは、やはり火傷の危険があって実用にはならない。

この時から、燃料タンクの油の温度を100℃以下にするための新たな挑戦が始まった。

この話は短い。それは作る、試す、改良の繰り返しだったから。

燃焼部分の構造、材質や取り付け方法、オイルタンクの材質、サイズなど徹底的に見直し試作と実験を繰り返し油の温度を100℃以下にようやく出来た。それでも油が100℃に近いとタンクに触れた時に火傷の心配がまだ残っていた。さらに試作と実験の結果やっと6時間の連続燃焼でもオイルタンクの温度を60℃~70℃と瞬間に触っても火傷の心配が少ない温度に出来るようになった。それがVOストーブとして1個完成した。

 

5-最初は我が家の非常用だった

3日が7日に伸びた

2011年に東京都は隅田川が氾濫した時の予想を発表した。我が家は隅田川の近い場所に建っている。他人ごとではなかった。その予想は最大で水位が6メートルだった。救援は大規模災害なので最短でも1週間後と発表があった。歩いて数分の場所に墨田区の非常用備蓄倉庫がある。心強いと思った。でも川の氾濫では完全に水没する場所だった。

今まで災害時は救援まで3日と言われていたが、大規模災害の時は、少なくても1週間は救援が来ない、隅田川が氾濫した時は屋上で救助を待つしかない。

この1週間を自活するためには、水と食料、医薬品などは当然備蓄するとして火をどうするかが我が家のテーマとなった。

 

石油ストーブでサラダオイル
石油ストーブでサラダオイル

 

最も手軽なのは石油ストーブ。暖房に調理に使えて電気は不要と便利な器具だ。

早速に屋上に2台備蓄。しかも発電機を付けて携帯に充電できるようにした。

我が家オリジナルの発電する石油ストーブである。

所が、備蓄となると問題があった。燃料の保存期間である。

 

カセットコンロでサラダオイル
カセットコンロでサラダオイル

石油ストーブメーカーではワンシーズン、もしくは1年と発表している。確かに灯油が古くなると最初は透明だった液が黄色くなって燃えなくなる、さらにひどくなると芯が固まって動かなくなる。これで芯を交換した経験がある。そこで中身をVOストーブに交換して備蓄している。燃料タンクの場所には2㍑のペットボトルがピタッと収まり燃料の保管もできた。

 

次に備蓄と考えたのがカセットコンロだった。1週間で48時間燃焼すると計算してカセットボンベ1本が約3時間なので16本の備蓄で済むと思ったが冬の室外では火力が落ちるか着火しないという経験をキャンプ場で経験したのを思い出した。今はサラダストーブに内部を交換してボンベのところは1㍑のペットボトルが収まるので燃料保管が出来た。1㍑で約25時間は燃える計算になる。

 

比較的冬でも暖かい成田空港に近いキャンプ場で朝一番はお湯を沸かしてコーヒーと思いカセットコンロに着火。所が炎がとても小さい。ガスが無いと思い新しいボンベに交換しても結果は同じだった。気温が低いとガスが気化しないのが原因だった。そこでガソリンバーナーでお湯を沸かしてコーヒーを飲んだ記憶が蘇った。ガソリンはマイナス30度でも引火するので寒さには強い味方である。

 

昔からキャンプが我が家の趣味だったのでガソリンストーブはシングル、ツーバーナー、スリーバーナーと常備していた。ただこれも備蓄となると燃料の保存が問題に。それと操作に多少の慣れが必要で、家族のだれでも使えない問題があった。そこでツーバーナーは内部を取り外してVOストーブを2個に交換して燃料も収まるようにした。風よけがあるので屋外でも使いやすいものになった。

七輪も時々使うので炭も用意してある。火を起こすことは固形燃料があれば簡単ではある。火力が安定するまで多少の時間がかかり連続して使うには炭の補充に気を付けないといけないなど、非常時に使うには少し不便な点があると感じた。そこで炭の代わりにVOストーブを入れて使うようにした。

 

卓上で使えるようにVOストーブを飛騨コンロの中に入れて固形燃料の代わりとした。

家内が食事を作っている間に一人でつまみを炙って楽しんでいる。たまには一人鍋などにも便利です。

 

燃料の保存期間が長く、扱いやすいストーブと言うことでオイルキャンドルの火力をアップしたものとして考えたのが今のVOストーブだった。植物油は手作り石けんの材料として15年も前から毎年近所からもらっていたので、燃焼テストをすると10年前の油も正常に燃焼することが分かっていた。

 

植物油は江戸の昔から行燈の燃料で広く使われていて、石油に比べてその扱いはとても簡単だった。江戸庶民の間では安い魚油が主流だったようですが。

完成したVOストーブはあとで考えて見ると日本の灯りとして昔から使われた行燈の芯を9本にしてススの発生を抑えたものでした。VOストーブは21世紀の行燈かも知れません。

写真は芯が1本の醤油さしで作った我が家の行燈です。

 

植物油燃料は、石油などに比べて引火しにくいため着火しにくいところがありますが、それだけ安全な燃料ともいえます。

 

当初は明るいキャンドルを目指していたのが、暖房まで用途が広がった訳は、完成したオイルキャンドルを見せた時の家内の一言だった。

これが5個あったら冬の暖房になるかもネ

 

6-その一言が工場生産になった

新潟地震の体験から当初は明るいキャンドルを目指していたのがストーブやコンロになったのは家内の一言だった。明るいオイルキャンドルが5個あれば「暖房にも使えるかも知れないね」と言われて私もそう思った。

 

暖房に挑戦

燃焼リングのCAD
燃焼リングのCAD

でもここで大きな問題が。

試作を繰り返してやっと1個が完成したものと同じものをあと4個作らなくてはならない。

 

その時、暖房を想定した部屋は約16畳、16畳と言ってもキッチンとはカーテンで仕切って16畳、我が家には猫がいるため猫の通路でドアには窓があいている。玄関には犬がいるので、換気のため玄関ドア脇のガラスは取り外し年中解放状態。東京の冬と言ってもとても5個では無理となると倍の10個、予備を考えると最低でも15個は同じものを作ることに。

 

複製は苦手

私にとって最大の問題がこれだった。試作を繰り返すのは、楽しい作業。少しも苦にならない毎日でした。宝くじを買うようなもので今度は当たるかな。外れたらまた買って抽選が楽しみに。改良して今度はうまくいくかなと同じです。失敗したらまた改良の繰り返しです。

 

だけど同じものを2個以上作るのは大の苦手です。試作は前の改良だから多少の寸法が違ってもOKだ。でも同じに作るのはかなりの技術が必要となるし、根気もいる。。。。。これは私には無理な課題でした。

工場に相談した

そこでアルミダイキャスト工場の社長に相談した。社長は快く特別に格安で型を作ってくれることになった。でも素人がアルミダイキャストで物を作るとなると私のおこずかいをはるかに超えた費用が必要となった。我が家の財務大臣に相談して費用を工面してもらい、メーカーにキャドでの図面を頼んだ。

その時、裏面に私と、家内、メーカー、SUMIDAの文字を入れてもらうように、お願いしたらSUMIDAは文字数が多く無理と言うことでJAPANになった。

そのため、裏にはJAPAN以外は意味不明な文字があります。

今思えばSUMIDASMDでも良かったと思いました。

あとの祭りでした。

 

7-完成したのは2010年秋だった

2010年秋に完成

2010717日にその図面は完成した。それから型を作り、鋳造をして、加工やメッキをして秋風が吹くころVOストーブリングは完成した。

 

VOストーブリングは我が家の非常用とストーブ用と親戚や友人に分けるだけのつもりで少量を生産してもらった。

そんなある時に、知り合いから人の役に立つから売って見たらと言われ、

ネットに載せてみた。2010年の冬だった。

 

3.11が発生

年が明け20113月に大震災が発生した。

東北から注文が来た。でも宅急便が全て止まっていたので送れなかった。

その後、関東では計画停電が始まりオール電化の家庭から注文が来た。

原発周辺の方、理科の先生が生徒の学習で、飲食店からの注文などがあった。

そしてその年の春が終わる頃には手持ちが無くなった。

ネットの在庫がゼロになった。

 

在庫ゼロがしばらく続いた。

追加で生産するか?

迷った。

作っても採算が合う注文の数にはならないと思った。

なぜ?

常識を覆す商品は売れないと言うことを思い出した。

このことは、私は何度となく経験と失敗をしている。

 

8-どっち?ストーブとコンロ

2010年の秋に出来たての1台を早速にカナダへ送るのに

どっちの表記にすべきかと迷った。

これはストーブなのかコンロなのかであった。

販売ではないので、とりあえず英語で相手に分かれば良かった。

コンロは日本語

調べて見ると海外ではコンロの表現は無い、コンロは日本だけで通じる表現であった。実はコンロは日本語であり焜炉が本来の表記と分かった。

日頃からカタカナでコンロを見ているので英語と勘違いしていた。

自分の常識は実はまったく違っていた。この常識と勘違いがあとの販売開始では大きな壁になった。

日本で暖房はストーブ

オークションの家電の分類では<ストーブ>が<ガスストーブ>、<薪ストーブ>、<石油ストーブ>と燃料で別れています。<その他>もありその中には石炭、練炭、豆炭、廃油などと多種多様な燃料があります。

液体燃料を使う燃焼器具として電気を使わないものは家電の分類では石油ストーブだけでした。ちょっと意外だったのがガスストーブより2倍ほど薪ストーブの出品数が多かったことです。これは薪など関連品を含めているためですが、それでも根強い人気があるようです。

アウトドア

日本の大手オークションはアウトドア用品の分類では燃焼器具を

<ストーブ・コンロ>となっている。このカテゴリーがさらに<シングルバーナー>、<ツーバーナー>、<七輪>、<焚き火台>と別れている。

通常は燃料を先に表記するのが多いようなのだが、決まってはいない。

例えば、シングルバーナーと言ってもキャンプをしない人には全く通じない。

工場や工事で使うバーナーと思う方もいる。

キャンプ用品が主にアメリカからの輸入だったことからアメリカの呼び名が定着したようだ。燃料を先に表記するとガスバーナー、ガソリンバーナーとなるが、実際はシングルバーナーストーブとなっている。

アメリカではコンロの表記がなく全てストーブ表記になっている。

古くからキャンプをしている人はストーブで調理が常識でしたが、

最近キャンプはコンロで調理が常識になっているようです。

 それは灯油バーナーからガソリンバーナー、そしてガスバーナーと主流が変わって来て、ますから日本のキャンプ用ガス器具メーカーは英語ではSTOVEで日本語表記はコンロとダブル表示としています。キャンプはガスコンロが常識になりそうです。シングルバーナーストーブを日本風の表記ならガソリンストーブ(シングルバーナー)とかになりそうです。

でも、このシングルバーナーやツーバーナーは主に調理で使うものです。

調理はコンロ

日本では調理に使うとコンロ、暖房ならストーブと分けています。

また燃料を先に表記するのが多いのですが灯油を使うストーブは、

なぜか石油ストーブ表記になっています。

 通称カセットコンロはガスを燃料とするので卓上ガスコンロなのに燃料の表記が無い。燃料はカセットガスやガスカートリッジなどと表記されてはいます。

ガスと灯油だけでも表記の種類は多くありました。

炭を使うものだと、七輪、飛騨コンロ、火鉢、手あぶり、囲炉裏など燃料の表示は無く用途や形状、産地などで表示されるようだ。練炭の場合は燃料を表記した器具があるが、燃料の選択が広がった近代になってからのようです。

燃料の選択の余地が無い時代では燃料表記はなかったようだ。

灯かりの名称も各種

一方灯りの用途で使う器具の場合は日本では行燈も提灯も燃料の表記がない。

今の行燈はほとんどが電球になっていても電球行燈とは表示さていないことが多い。アウトドア用品では、電気の灯かりはランプ、炎の灯かりはランタンと表示されることが多いようだが電気でもランタンと表示されることもある。これは形状でランタンと言っている。

また石油ランプとかオイルランプのように炎でもランプ表示とされる。

アルコールランプは、灯りとしては全く実用にならないのにランプと表示される。構造が灯油ランプと同じなので燃料の意味でアルコールランプにしたのかと想像します。

灯かりは幅広い燃料

照明器具はストーブやコンロに比べて使う燃料の種類が現在でも多い。

ガス、キャンドル、和ろうそく、ガソリン、灯油、バッテリー、カーバイト、アセチレンなど。

それだけ照明用途の表記も複雑で分かりにくいようだ。

昔はコンロを本来運搬可能なものを意味して、固定されたものはカマドなどと分けていたようだ。いまでは調理に使うものは、日本ではすべてコンロで分かるが、アメリカではクックトップやレンジとも表記されるようで、これも多くの表現がある。

コンロの燃料はストーブより多くの種類がある。アルコール、固形燃料、ソーラークッカーのように太陽光まであります。

とにかく、世の中にはストーブやコンロだけでも多くの表現があるもんだと感心しました。明るいオイルキャンドルとして完成したものは、整理すると

燃焼器具であり燃料は植物油。構造は石油ストーブと言うより石油ランプに近い。使用目的は、ストーブ、コンロ、ランプである。

VOS

これをカナダの人に英語で分かってもらうための名称として、シンプルにベジタブル・オイル・ストーブとした。通称VOSだった。

これが、あとでネット通販では意味不明な名称となった。

9-またも常識との戦が始まった

常識を覆す商品は売れないと何度も経験しながらまたやってしまった。

私の常識を覆す商品が売れない理由は、いくつも思いつく。

常識の否定

最初に世間の常識を否定することから始まる。そして説得することは超零細のわが社には不可能への挑戦でもある。常識を否定した商品は怪しいものと判断される。会社も怪しい、所在地も怪しいとなってくる。ただ最近は墨田区がスカイツリーのおかげで知名度がアップしたため、昔みたいに東京に墨田区なんて地名があった??と言うことは少なくなりました。

商品の説明が怪しいと言うのは素直な意見であると私も思います。

それは基本的なところで世間の常識を否定するからです。

私が作った怪しい物

私が作った怪しいもの中で、ペットボトルで作る手作り石けんの素があります。これはそれまで石けんと言えば工場も個人も世界中が苛性ソーダを使うのが常識でした。実際に私も苛性ソーダを使って手作り石けんを続けていました。食用廃油を使うエコで人に優しい石けんをもっと多くの人が楽しめたらと日々思ってはいたが、薬局で印鑑が無いと購入できない苛性ソーダがネックだった。

そんな思いから苛性ソーダを全く使わない手作り石けんの素を作った。これも手作り石けんをしている方から見ると常識はずれだった。しかもペットボトルを子供に振らせるなんてトンでもないとなった。それからほぼ10年が過ぎ今では小学校や老人ホーム、町会のイベントなどで使われるようになった。常識を否定するとほんの少しの方に認めてもらうだけでも長い期間がかかる例です。

但し、採算性から広告宣伝をしていないのも普及が遅い理由です。

 

話がそれたついでにもう一つ。

常識を否定して苦労したものにワセリンカットがあります。これは10年前に発表した。

お肌に塗った軟膏やワセリンが肌着に付くと洗っても落ちないがそれまでの常識だった。

それを落とせる洗剤を発売した。

サブタイトルは、洗っても落ちないワセリンや軟膏をズバリ落とす!

まったく常識を無視した怪しい表現で発売を開始した。

まったく売れなかった。

誰しもが、落とせないものを名もない墨田区の超零細が落せると言ったから。

落せるなら大手の洗剤メーカーが発売しているというのが主な意見でした。

それでもポツポツと注文がたまに来る。

どうして怪しい商品を購入するのかお客さまの何人かに尋ねました。

 

その回答は私の常識を覆すものだった。

売れない最大の理由に常識と言う固定概念があると思っていたが、

お客様は最初から常識を持っているのではなく、

色々と試した結果として落すのが無理とわかると、

それがその人の常識となる。

そして、それが世間に広まると一般常識になる。

後から常識になる

つまり初めに注文したお客様は、色々と試している途中で落ちないという常識に

固まる前の方々でした。例えば、軟膏が付いた衣類を洗ったら洗濯機が汚れたと

洗濯機メーカーに相談した。こまったメーカーはネットを探して探して

相談者にワセリンカットを教えた。洗剤メーカーでも軟膏が落ちないと

相談を受けて同じようにネットで調べて相談者にワセリンカットを教えた。

洗剤ならなんでもありそうな大型店に探しに行ったお客様からの要望で

お店がネットで探して紹介してくれた。

 そんなことがありポツポツではあるが注文があった。

 

この2つの例は常識を否定する事が1つです。

一つは安全な材料で手作り石けんが出来るようになった。

もう一つは落ちなかったものが落ちるようになったと単純な説明でした。

問題の解決した理由も単純なことでした。

 

単純な説明で解決してもポツポツ注文が来るまで10年かかった

それと比較するとVOストーブを理解してもらうには常識を否定する話が

多すぎてポツポツ注文がくるまでは、おそらく100年はかかると思う。

 

この文章を最初にまとめた頃は100年と思ったが、

今は、購入してくれるお客様の可能性は全国で10万人に1人で

使いこなす人は100万に1人と想定(希望的な思惑ですが)しています

サラダオイルストーブで給湯しているのは、おそらく全国で2人。

これは、約6000万人に一人。

10-サラダオイルストーブ(SOS)には常識を否定する話が多い

サラダストーブの説明で

最初は「燃料が天ぷら油」でした。

この説明で100人中100人が天ぷら火災のテレビ映像を思い出す。

モクモクと黒煙を出し激しく燃えているシーンである。

これが一般的な常識になっている。

 

天ぷら油を少し燃やしてコンロにすると言えば、

一握りの人は江戸時代の行燈を思い浮かべる。

そしてススを出しながらゆらゆらと燃える炎をイメージする。

石油ランプの話に例えても知っている人が極めて少ない。

昔に使った記憶がある人は、最初に思い出すのはススが出て掃除が大変だったこと。

そしてススのわりに暗かった。

実際に見ないと分からない

どちらにしてもススが付きまとい、サラダ油は使えない結論がでる。

 これを説得して次のステージでは、サラダ油を燃やすのはコストが高いとなる。

確かに、新しい油は灯油よりはるかに高い。でも非常時に台所の油で暖が取れたら

コストの問題ではないと説明する。所が私の周りの団塊の世代と言うか

「限界の世代」は台所にサラダ油を置いていない。

揚げ物はお惣菜で買う人が増えた。キッチンに油が無い家庭が増えた。

VOストーブを非常用にと思っても新油をわざわざ購入するのは抵抗がある。

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その後の情報:新しいサラダオイルで日々暖を取っている方がいることが分かりました。

お住まいにお邪魔してその理由を訪ねて来ました。

赤く燃える炎や火が好きで、従来は豆炭で補助暖房にしていたが

火災報知器が頻繁に鳴るので、サラダオイルストーブにしたそうです。

炎がとても癒されるとのことでした。おそらく日本で1人。

1/1億2千万の確率?。

世界では70億人に一人です。

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食用廃油が問題に

食用廃油が使えると説明すると事態はさらに複雑になる。

炊いたご飯に廃油の匂いが付くから使えないが第一声である。

実際はご飯に匂いは付かないのだが、これには説明が難しくなってくる。

つまり、鍋の中の圧力と大気の圧力の差で暖かい鍋からは空気は出るが、

外から空気つまり燃焼したガスは鍋の中に入らないのです。

ススが出たとしても鍋には入りません。子供なら理解できても

限界世代は理解の限界を超えてしまうようだ。

電気より早いハズが無い

ここまで納得してもらい、次にご飯が40分で炊けるとなると、

また怪しくなる。それは電気炊飯器しか使ったことが無い方が大半のこの時代では、

裸火で炊飯した経験の人は少ない。キャンプ場でも電気炊飯器持参の方がいる現代ですから。

つまりガスや焚き火、炭などでご飯を炊けるという認識がほとんど忘れているか、

ご飯は電気で炊くのが常識なっている。何とか、火でご飯が炊けると分かってもらうと

次の?が出ます。

 

一流企業が作った電気炊飯器とほとんど同じ時間で炊けるはずがないである。

理由はない、なんとなく電気が早いはずと思い込んでいる。

私の何回も繰り返した実験の結果が約40分なのでそのまま説明した。

毎日のように炊き込みご飯が続いた日があった。実験は3合の炊き込みご飯であった。

おかげで美味しい炊き込みご飯の素が分かった。

炊いて見ないと分からない

実際にVOストーブでご飯を炊いたことがない人に幾ら言っても無理と思い、

最近は1時間と長い時間を言うようになった。

そうすると、やっぱり電気より時間がかかるようネと妙に納得されます。

自分が思ったこととかけ離れた数字には、頭から自動的に拒否信号が出るようだ。

VOストーブを説明すればするほど怪しくなってくる一例でした。

 

11-常識が正しいとは限らない

1-ストーブの炎に

猫が寄ってくる・・・動物は火を恐れるが常識

我が家では8匹の猫と同居している。若い猫は1歳、年配者は年齢不詳で10歳?

年齢が幅広い。猫にも個人差?があって寒がりな猫は冬の間は暖かい

場所を探してそこにいる。最適な場所も時間帯や天候で日々変わるから

その都度に場所を変える。

ファンヒーターだけの暖房の時は寒がる猫はファンヒーターの前にいる。

ファンヒーターと石油ストーブの両方点けるとファンヒーターから

石油ストーブの前に来る。

石油ストーブの方がほぼ裸火で怖いと思うのだが、この前でのんびりと

春のような気分?でくつろいでいる。猫の気持ちを想像すると、

温風は大事な猫の毛にとって好ましくないのかも知れない。

石油ストーブの遠赤効果が、猫のお肌と毛には向くのかも知れない。

実際、人間も使って見て感じるのはファンヒーターより暖かく感じることです。

瞬間に温風が出て寒い朝は、便利なのですが時間がたって部屋の温度計が上昇しても

部屋全他の暖かさは石油ストーブの勝ちです。部屋の温度を床で測ると

ファンヒーターは天井との温度差が大きくて、肝心の床は温まりにくいのです。

特に隙間が多い部屋では。ドアが開いて外気が入るとファンヒーターは急に寒く感じますが、

石油ストーブはそれが少ない。

そんなことが猫が石油ストーブ派になる理由かも知れません。

サラダオイルストーブと石油ストーブを点けるとサラダオイルストーブ側に猫が移動する。

火を恐れるのは動物の常識のはずが。これは意外でした。石油ストーブに比べて

すぐ目の前に9個の炎が燃えているのに。これは勝手な想像ですが

火の怖い体験がない猫は火と言う概念が無く、ただ快適な場所を選んだら、

たまたま人間が言う炎のそばだったのでは。

石油ストーブの時は火力があるので猫は徐々に石油ストーブから離れて行きます。

一方のサラダオイルストーブは火力が弱く炎の前まで近寄ります。

人間の常識と猫の常識は違うようです。

 

2-餅を焼いても廃油の匂いが付かない

これは私が廃油は嫌な匂いがあるから、サラダオイルストーブで何か焼いたら

きっと匂いが付くと思い込んでいた。ところ実際に、サラダオイルストーブで

餅を焼いている方から匂いは全くないと教わった話です。

自分でも確かめました。餅も食パンも焼いて見ました。匂いは感じませんでした。

それから焼いて食べられるものなら思いつくままに焼いて見ました。

炭で焼いたような美味しさにびっくりしました。

思い込みは、可能性の否定と反省しました。

3-燃料の保管が5

灯油の保存は1年と言われているので廃油なのに5年は信じがたいと。

確かに灯油は新品、方や燃料となる植物油はすでに廃油ですから。

そう思うのが確かに常識です。

廃油と言っても天ぷら屋さんなどが廃油にするのは、揚げ物の味の点で廃油にしているので燃料で使えないから廃油にしているわけではありません。手作り石けんの材料として廃油として頂いた油が5年から10年前のものがありました。これをサラダオイルストーブの燃料として燃焼テストしました。2010年~2011年の冬に約154日間、時間にして約1,000時間です。

サラダオイルストーブの燃料として全く問題が無く使えた結果として燃料の保管は5年としました。

灯油はポリタンクなどに保管した場合に樹脂を溶かすことからワンシーズンや1年を保管の目安としているようです。食用廃油はペットボトルでも長期の保管が可能なのは樹脂を溶かす力が弱いからではないかと思っています。

 

4-油で火を消す

サラダオイルストーブの火はどうやって消すのと聞かれることがあります。

消す方法は色々とあって一番シンプルはキャンドルと同じで吹き消すことです。

海外では炎をつまんで消すのが昔はあったそうですが、

サラダオイルストーブでは、このやり方は出来ません。

 

吹き消すより簡単なのは、コーヒーカップを載せるとか空き缶を被せて空気を遮断することです。

これは、説明書に書いた通りですが、直接お話の時に、明日もサラダオイルストーブを使う予定なら油の補給を兼ねて簡単な消火は燃料の油をかけながら補給を。

この説明に、なかには油が燃えているところに油を注ぐとは非常識な!!の声が。

ただしサラダオイルストーブだけが燃えている正常な場合です。

火事の時に油で消す話ではありません。実際に火は消えます。それが油でも石油と違う点です。

例えば、爪楊枝から油1滴を炎に注ぐと炎が少し大きくなります。ペットボトルから注ぐと一瞬で火は消えます。これはVOSリング(燃焼部)の温度が急激に下がるため燃焼が維持できなくなるからです。同様に水をVOSリング(燃焼部)の炎にかけても瞬間に火は消えます。

 

5-燃焼時間は50時間

サラダオイルストーブは芯9本燃やして約2㍑で約50時間燃えます。芯が1本なら450時間分の燃料になります。石油ストーブは灯油2リットルで約8時間燃えます。それに比べて50時間はオーバーではと言われます。でも実測値です。

最初は、デジタルはかりにサラダオイルストーブを載せながら燃焼をさせ重さの減少から1時間当たりの油の消費を計算していましたが、より現実的な数字を出すために、2010年~2011年の冬に約154日間、時間にして約1,000時間のテストを実施しました。


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補足:2011年~2012年の冬にも約154日間、合計して時間にして約2,000時間のテストを実施しました。

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その時の平均的な数字です。

このテストではサラダオイルストーブ9個を夕方6時から夜12時の6時間燃やして実際の消費を154日間調べた結果です。炎の調整によって油の消費は違ってきますので、9個で長時間のテストとしました。

測定した炎の状態はコンロモードです。着火した時は炎が長く伸びて狼煙モードに。

徐々に安定してコンロに最適な炎になります。2~3時間経過すると徐々に炎が小さくチョロ火モードになります。燃料のレベルが下がったり、芯の先が消耗してチョロ火になります。

 

6-部屋の暖房になる

家内の一言から暖房で使えるかのテストをして見た。家内は5個あれば暖房で使えるかも知れないとの予想でした。確かに8畳では3個あれば都内で一冬超すことが出来ました。

16畳ではパソコンケースにサラダオイルストーブ3個入れてテストを開始しました。

2010年の11月末ではサラダオイルストーブ3個で十分でした。その後、気温が下がり始めるとさすがに3個では無理で、さらにパソコンケース2個にサラダオイルストーブ6個を追加しました。

合計9個で2011年の冬は過ごしました。

この話を人にすると、サラダオイルストーブの弱い炎を見てほとんどの人は「無理」と言います。

あなたは東北出身で寒さに強いからとか、部屋でダウンを着ているの?とかになります。

サラダオイルストーブの小さな炎でも81本が集まると大きな力になるんです。

これは、あくまで非常時に使うことを前提に耐久テストを繰り返しています。

7-室温と暖かさは違う

暖房は室温で判断することが常識ですが、この室温だけでは暖房効果を決められないことがサラダオイルストーブを使って分かったことです。

暖房を使うと天井と床の温度に差が出ます。天井は28度でも床は20度以下とかになります。サーキュレーターでこの差を無くすると部屋が均一の温度に近づきますが、ファンヒーターで部屋を暖めると足元は温まりにくいことがあります。また暖かい空気が逃げると急に寒く感じます。

対流式の石油ストーブも同じように足元が寒いことがあります。

反射式の石油ストーブは足元が暖かくなり室温がファンヒーターより低いにも関わらず寒さを感じません。これは石油ストーブから出る熱線が周りの壁や家具を暖めてそこから熱線が出ているからのようです。

反射式の石油ストーブは遠赤外線ストーブに近い柔らかな暖房効果を感じます。

暖房で人を暖めるのが目的ですが、空気を暖めて暖かい空気で部屋や人を暖める2段階方式はかなり効率が悪いようです。太陽のように直接体を温めてくれる熱線が最も効率的だと感じた。サラダオイルストーブの小さな炎は遠赤外線ストーブと同じような暖房効果がありそうです。

但し、裸火を使う暖房は防火の観点からは電気式が安全と思います。

特にサラダオイルストーブのように耐震装置が無いのはあくまで非常用です。

 

それでもVOストーブの販売を続ける意味は?

それでもVOストーブの販売を続ける意味は?

災害は起きないで欲しい。使うことが無いのが一番。

 

でも万一の時にこれで助かる人がいるかも知れない。

それだけです。

 

参考資料

ヤカンの形で沸く時間が違う

どんな形のヤカンでもお湯が沸くことは色々なヤカンでテストしましたので大丈夫です。

でも小さい炎でお湯を沸かすのはガスコンロやIHヒーターに比べて時間がかかります。

そのヤカンの熱効率で沸くまでの時間に差が出ます。

集めたヤカンの形は大きく分けて5タイプ。

△の形

□の形で縦型、薄型、正方形とある

○型

材質は、ステンレス、アルミ、ホーローの3タイプ

この中で、一番早く沸くのは△

2番目は□で薄型の物でした。

日頃の省エネを考えた時の参考にしてください。

ご飯を炊くフタは

サラダオイルストーブで初めてご飯を炊く時には、本当にご飯が炊けるのか不安になります。

それと水加減が分からないことが多いようです。

水加減はお米と水は11が基本ですが日頃は電気炊飯器の釜の目盛が頼りですから、

そのお釜でお米と水をセットしてその釜で炊いても大丈夫です。

この時、ガラスの蓋だと炊きあがりが目で見えますから、初めてサラダオイルストーブでご飯を炊く時はガラスの蓋を使って見て下さい。

水要らずのお餅

焼けば食べられて水が要らない、それとコンパクトで日持ちするそうです。

我が家でもお餅を少し多めに買うようにしました。

寒くない暖房

平常時の時は快適が最優先でも非常時は生存が最優先、寒くない程度の補助暖房が必要。

行政の備蓄

いざとなると頼りになる行政は、災害に備えて各種の物資を備蓄しています。

そこで行政の燃焼器具の備蓄について電話で聞いて見ました。

石油ストーブの備蓄はありますか?

ハイ、用意しています。

灯油の備蓄はありますか?

ハイ、ございません。災害時に業者が配達する契約になっています。

 

カセットコンロは備蓄していますか?

ハイ、備蓄しています。

ボンベは何本ありますか?

ハイ、カセットコンロ1台に3本備蓄です。

3本は9時間分ですね

ハイ、9時間分です。

 

消防署に届出が必要になる基準数量

4類:引火性液体 動植物油類:10,000L

 

動植物油類とは 

動植物油類とは、動物の脂肉等又は植物の種子若しくは果肉から抽出したもので、

一気圧において引火点が 250°C未満のもの

 

引火とは

火種を近づけて油に火が点く時の油の温度です

植物油の引火点は320

灯油の引火点は40度~

ガソリンの引火点は-43

※数字は参考です。

 

天ぷら油の火災とは

ガスコンロで天ぷら油を加熱すると

約5分後に180度と天ぷらを揚げる適温になります。

約15分後には約320になり、油から激しく白煙が出ます。

約20分後には370を超え、天ぷら油が発火します。
※コンロの火力や油の種類、量で発火するまでの時間は異なりますので一例です。

 

発売して気がついた、問題がいっぱい、失敗もいっぱい。

発売して気がつく問題と失敗の連続が続いた。

当初は、リングだけの販売だった。これが最初の大きな失敗。燃料タンクはネコ缶などの空き缶を用意してもらう方式だった。五徳も空き缶を用意してもらう、怪しいのにさらに手間がかかる製品だった。次に問題なのが初めて人が使えるか?だった。

特に3.11時の注文の時でした。計画停電もあり即使いたいと言う要望でした。しばらくは、五徳に使えるコーヒー缶3個、金網、ピンセット、替芯、トレー等をセットでお送りしました。この時の反省で

その後、燃料タンク一体のサラダストーブになりました。

五徳が悩みの種に

調理に使うには、五徳の仕組みが必要です。五徳は試行錯誤の連続でした。五徳と言えば3本脚と言う思い込みからしばらくは、3本脚で組み立て式の五徳を提供していました。

芯にも苦労が

2010年の発売時は綿100%を使っていました。2011年からはレーヨン100%に変更。2012年には替芯は標準で装着している丸い芯と違い平型を採用。平らな芯は交換が簡単に出来る。

 

リングの構造を改善

非常時に100時間使うことには、リング構造には問題が無いのですが、避難生活一月とか、一冬の暖房に使うなどの長時間使用では芯の消耗を如何に抑えるかが課題になりました。そこで2013年から出荷のリングは構造を変えて369モデルでお届けしています。

普段に使えないと非常時にも使えない

非常食が賞味期限前になり食べて見たが3食は難しい。手回し発電でラジオを鳴らして見たが、一晩は根性がいる。サラダストーブでの暖房は十分に使えると分ったが、はたしてサラダコンロで食事が作れるか。そこから冷蔵庫の中身まるごと調理が始まった。サラダストーブの特性を理解しての調理は十分可能と分った。普段と変わらない料理が作れました。ただし、火力の点から炒め物がむりなので、蒸し野菜にした。

発売して2013年秋で3年目です。

平常時の使い方は、大きく分けて暖房と調理でした。

2014年は、丸タンクにプラス角タンクへ

非常時から普段使える使い方の提案に。